2026.09.12

色々な要素が入り込んでいて、本来のヨガのシンプルさが分からなくなっていることがあります。


身体の使い方に関しては全てクラスでお伝えしていきますので、ここにはサマディのことを書いていきます。


多くの人に起きていることは、サマディが「状態」であるという誤解です。


「無の状態を目指してきた」と伝えてくださった方がいますが、無の状態になれた人は一人もいません。


無の状態は知れない。要するに無の状態を認識している時点で無ではありません。


そしてこれが「個人」の限界です。


無を認識する主体が落ちている。これを自己の不在と言っています。


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認識される無、認識する主体(個人)、どちらもないんです。


ですので、ここには当然ながら時間も距離もありません。


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サマディは探して見つかるようなものではありません。必死に探し出そうとすることが逆にそれを遠ざけます。なぜなら、探求が強まる=自己が強まることだからです。